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かごめかごめ、籠の中の鳥は「後ろの正面」に在ります

電車やバスでスマホをのぞき込んでいる人たちを見てください 彼らは画面の世界に気を取られ、自分に対する気づきはありません 画面の中と同一化し、自己はそこに埋没しています 自己不在です

自己想起で意識すべき脳内の位置 ~ 目の高さより上にある視床と松果体

このブログではよく「目の内側」という表現をとっています。 自己想起の際、注意を向けるポイントとしてこの表現を使っています。 しかし最近、「目の内側」だけでは位置の指定が曖昧だと気づきました。 実際には「目の内側」かつ、「斜め上」です。

自己凝視(自己観察)するには、まず前段階として一定量の「自己想起」が必要

私が初めて「自己想起」の概念に出会ったのは、当時の新刊として平積みされたP.D.ウスペンスキー著「人間に可能な進化の心理学」を手に取ったことからでした。 これをきっかけにグルジェフにつながり、当時出版されていた自己想起に関する書籍は入手できる限り目を通しました。 自己想起を理解するに従い、それまで本当には意味がわからなかったクリシュナムルティの書籍も、何が伝えたいのかがわかるようになりました。

思考に気づいたら、次に「気づいた者」に意識を向けよ

私は実に長い間、自己想起について思い違いをしていました。 自己想起の「自己」とは、自分の肉体の所作や感触、また呼吸や脳裏を駆け巡る想念のことだと思い込んでいました。 例えば歯磨きの最中に、「自分が歯を磨いていることを意識する」のが自己への気づき、すなわち「自己想起」だと思っていました。