スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

11月, 2018の投稿を表示しています

愛と充足感の源である「自己」を見失わないでください

まず何を想起するのかをハッキリ認識する必要があります。 一般に自己想起という場合、自分の肉体の感覚、呼吸、思考、感情などに、 気づいていることだと考えるケースも多いようです。 しかし、これらは「自己」ではありません。 「自己」は肉体や思考、感情の内側に在って それらを裏からじっと見ている存在です。 今、この文字を目を通して見ている存在が「自己」です。 「自己」は目の内側、眉間の奥、意識の中心にあって そこから肉体を含めた自分の存在を体験、認識しています。 「自己」こそが、この世にやって来た私(あなた)の正体です。 それは意識体であり、肉体ではありません。 肉体に宿り、それを操縦する者です。 「自己想起」とは、この「操縦者」を想い起こし、気づきを定め、 覚醒状態を保ち、定着させることです。 習い事は一日数時間ですが、「自己想起」は一日の起きている間すべてです。 「人の子が頭を横たえる場所はないのです」とキリストは言っています。 意識の中心に、日に何度も注意を引き戻すことです。 私たちの関心は、目に映る周囲のできごとと、 脳内のおしゃべりに向けられています。 やっつけなければならない考え事に追われ、 すべてが解決しないまま、疲れて床に就きます。 翌日起きると別の新らしい、処理すべき考え事に追われ、 その日もまた一日中、対処法を考えて終わっていきます。 これが一生繰り返されます。 この輪の中から抜け出し、夢から覚めた 「自己意識」の状態へ還る作業が「自己想起」です。 いつでも中心を保ってください。 愛と充足感の源である「自己」を見失わないでください。